2024年9月7日───。私は夏休みで札幌にいた。この日は皇后杯北海道ブロック大会。新生アルテミス北海道として初めての大会で、もしかしたら公の試合自体初だったかもしれない。初戦の相手は札幌山の手高校。春高に15度(当時)も名を連ね、OGも現役では道下ひなの選手や工藤真帆選手(いずれも群馬)がいるなど強豪校相手、でも高校だし…とそれなりの競った試合になると思っていたのだが、17-25、19-25とあっさりと敗退。皇后杯の規程で登録できる選手に限りがあったとはいえ、実力差は歴然だった。かすかな期待はあっさりと打ち破られた。



でも当然と言えば当然。皇后杯の舞台に立てるようになったことが何より大きかったし、その後準加盟ライセンスを返上することにもなってしまったけれど、Vリーグのライセンスはそのままで無事にリーグで戦えることこそが大事だった。チームは生き残ったのだ。
とはいえ。さすがにVリーグのレベルに追い付くには限界があった。迎えた24/25シーズンは最下位が定位置となり、それどころか一セットも取れない試合が続いた。中には得点が一ケタ台というセットもあった。開幕後12月の上田での信州ブリリアントアリーズ戦を見に行ったけれど、春高の強豪校の監督を務めていた新監督はその気質のままで選手に接していて、かつて指導していたレベルには遠いのだろう、怒り散らすこともあって、見ていてつらかった。昨シーズンまで和気あいあいとした空気をまとっていたチームは、いわば真逆の空気に包まれていた。
前年のシーズンに優勝争いをした倉敷が最終的に6位になったことを考えれば、一斉退団前の戦力のままならリーグ戦でもそこそこ戦えていたと思うだけに…。



ただ何より、一セットも取れない状況に選手だって心が折れまくっていただろう。あのアルテミスが…みたいな視線も注がれていたと思う。選手たちの置かれている状況は過酷だな…と思った。そんな中で唯一希望があったのが、このシーズンから加入した青島賢司コーチだった。明るさで選手たちに溶け込み、さらに感情をぶつけることの多い監督に代わって選手には丁寧に指導する。いわば暗いチームの中で光をともす存在だった。この人がいれば、このチームは大丈夫だ。そう思って上田を後にした。


そして、2025年1月にはホームゲームにも行った。偶然一年前に初めて来たのも同じく1月の第四週で、しかもその時も対戦したヴィアティン三重が相手。対比にはうってつけだった。だが…昨年二日間で651、757だった入場者数は124、131。前回は二試合だったし今回は男子との共催の関係で11時開始と違いはあったものの、5分の1以下になったのが現実だった。ヴィアティン三重が、選手の入れ替えこそ多少あったものの昨シーズンと変わらない明るさをまとっていたことも、その対比を際立たせてしまった。山下とも選手という屈指の陽キャが抜けたけれど、森谷友香選手というまた新たな陽キャがチームを明るくしていた。




だが。初日は全て10点台の得点でストレート負けを喫したチームは翌日、意地を見せる。11時開始、しかも冬の札幌…。決してそれが理由とは言わないが、第一セットは開幕戦以来のデュースにもつれ込む展開となった。ヴィアティンも9位であり、何よりホーム開催。初セットを奪うにはここしかないという思いも選手たちにはあったかもしれない。


接戦は結局30-28でアルテミスがモノにした。初のセット奪取、しかも先行する展開にベンチはドッと沸き立った。結果的にこれがこのシーズンの唯一の得セットになってしまったが、このときようやくSVから分離された新Vリーグに新生アルテミスが名を刻んだと思った。ようやく、始まったのだ…
0勝28敗0P、得セット1失セット84。それがアルテミスが刻んだ数字だった。そんなチームはだが、オフシーズンに三つのニュースと共に突然大きく動き出す。
───今度はいい意味で。