THIS IS ANOTHER HOME~ここが私のアナザーホーム~

KUROBEアクアフェアリーズ
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Arimoto Kazuki(有本和貴)をフォローする

2023年3月23日、愛知県・豊田スカイホール───

そこで見たKUROBEの団席の光景に目を疑った。このシーズンのKUROBEは1月の愛媛県武道館以来だったが、そのときは場所が場所だけにKUROBEファンはほとんどいなかった。そのためこのときがこのシーズン初めてのKUROBEファンとの出会いの場だったが、久しぶりに見た彼らにびっくりした。

な、なんだこのボード文化は…。

これは勝手な推測だが、コロナになって応援団としての活動は事実上休止していたのではないだろうか。それが、この22/23シーズンからは復活した。だって前のシーズンに行った黒部ではボードは見かけなかったからだ。

KUROBEの応援団はこんな風になっていたのか…。これまでゲーフラ文化には接していたが(はい、おなじみJT、現大阪の私設応援団の皆さんです 笑)、ボード、しかもこれだけ大量、しかもホームゲームでもない試合で、というのは非常に興味を持った。ホームゲームではいったいどうなっているんだろう。

そして翌シーズンの2023年11月、私は二シーズンぶりに黒部市総合体育センターに帰ってきた。場内には大きな必勝旗、壁に貼られたスローガン、そして大量のボード…。光景は驚くほど変わっていた。

だが、私がより彼らに興味を抱いたのは三か月後に再び訪れた翌年、2024年2月だった。

2024年2月…。富山県黒部市…。これでピンと来るだろうか。

そう、このときは正月の能登半島地震の直後だった。富山湾を挟んで対岸にある黒部市も震度5弱と影響を受けたし、何より本来は氷見で行われるはずだったホームゲームは急遽、黒部市総合体育センターになった。会場が変わって座席のレイアウトも異なる中、極力当初のレイアウトに当てはめてチケットをキャンセル&再販売ではなくそのまま有効にするなど、運営サイドも相当苦労しただろう。

そして黒部市には輪島から避難していた人もいたのだが、その人たちがこの試合に招待されていた。そしてそして、何の偶然か、日曜はKUROBE対PFUの北陸ダービーが組まれていた。場内には「がんばろう!北陸」の幕が掲げられ、団席には自作と思われる「がんばろう!!のと」Tシャツを着ている人もいた。

チームの垣根を超えて、北陸の名の元に一つになる。それは何も運営サイドだけでできるものではなく、ファンの思いもあって実現できること。ホームゲームに、被災地のチーム(黒部も被災地だが)が来るのだから、我々もきちんとお迎えしよう。そんな姿勢がKUROBEの応援団から伝わってきた。

なんていい人たちなんだろう…

ただ、SNSでは誰が応援団のメンバーなのかとか、彼らに触れる機会はなく私の中ではベールに包まれていた。それが変わったのは全くの偶然の出来事だった。