THIS IS ANOTHER HOME~ここが私のアナザーホーム~

KUROBEアクアフェアリーズ
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Arimoto Kazuki(有本和貴)をフォローする

初めて見に行った7年前当時から、今でもKUROBEでプレーしている唯一の選手───それが浮島杏加子選手だ。彼女はSNSで当時よくいいねを押してくれたので、自然とプレーを撮ることが増えていったのだが、そんな彼女が今でも現役を続けている。このときも日曜に出場して得点を決めていた。彼女は私の7年前と今をつなげてくれる貴重な存在だ。

こういってはなんだが、KUROBEは移籍してしまう選手が多い。和才選手、綿引選手、細沼選手とお隣のPFUに移籍するケースも多かったし、白岩選手、道下選手、立石選手、戸部選手、佐藤彩乃・黎香選手、福本選手…。KUROBEでは初の代表選手となった福本選手が移籍したように、ステップアップとしてチームを離れる選手が多い。それは、社業比率の高いKUROBEゆえだと思う。

このチームは母体は一般社団法人だし、スポンサーは雇用企業なので、つまりある程度は働かないといけない。よりプレーに時間を割きたい、ステップアップしたいと離れるのは致し方ないだろう。そもそもオフシーズンに働くともなれば代表にも合流しづらいはずだ。

一方で、何らかの事情があって退団せざるを得なくなったり、やめようと思った選手たちを受け入れるチームでもあった。代表選手になった安田選手はまさにいい例だと思う。でもそういう入れ替わりの比較的多いチームにあっても、まるで木の幹のように浮島選手はずっと残り続けている。でも浮島選手だって久光からの移籍選手なのだが、彼女がそんな存在になっている。それがうれしかった。

一方でここはビーチバレーから鈴木千代選手が加入したり、インターン選手として今はビーチバレーでおなじみの秋重若菜選手が一時的に加入したり、いろんな選手がやってきたチームでもある。

そんな、入れ替わりの多いチームだけに、彼らも自然といろんな人たちを迎え入れる集団になっていったのではないか。

そんなチームと彼らの空気によって、いろんな人たちを迎え入れるホームになっていったのではないか。

 

試合は二日ともKUROBEの勝利で終わった。日曜は二セットを先取されてからの大逆転勝ちとあって会場は沸き立った。自分の推しチームとの対戦なら複雑な気分で見る光景も、この日は純粋に見られたし、何より「いい光景だな…」と思った。彼らは次々とハイタッチをして喜びを分かち合っていた。

試合後。喜びに沸いたのも束の間、大急ぎで撤収作業をしている彼らを祝福しに行った。すると団長にこう言われた。

「またおいで!」

喜びの余韻にあふれているありそドームに私は一人背を向けて、魚津駅まで日の暮れた道を歩いた。シャトルバスではなく、歩きたい気分だった。なんだろう、この妙に満たされた気持ちは…。てか、何しに来たんだっけ…目的は(そのときは)果たせなかったし(笑)。

すみきった冬の魚津の空気、選手たち、そして子供たち(Puppys)、そして、彼ら…。もしまた、推しのチームとの試合でなくてもここのホームゲームに訪れたら、きっと「よく来たね!」と迎えてくれるだろう。まるで故郷のような。

後で知ったのだが、彼らは皆が皆、地元の富山の人というわけでもなく、遠くから遠征してきている人も何人かいた。話を聞くときっかけはさまざまだが、そんな人たちが団席に集まっているのは、きっと誰でも受け入れるという彼らの気質が大きいはずだ。このチームが好きならみんな仲間!

それが、故郷を思い起こさせたんだろう。あっ、そういえば、私が7年前に突き止めに行った当時の応援歌の歌詞って…

アイラブKUROBE
アイラブアクア
みんながアクアの応援団

そうか、会場にいる人(他チームファン以外)みんながこのチームの応援団だ、と呼びかけているではないか。あの頃からこのチームは変わってないんだな。

でも私はあくまで別のチームのファンで、ホームはそっちだ。だから思った。

ここが私のアナザーホームなのだと。

 

そんなホームがあっても、いいじゃあないか。